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青山通り、高橋是清翁記念公園の散策 [旅行・散策]

東京赤坂の青山通り沿いに高橋是清翁記念公園というものがある。
カナダ大使館の隣で、一言でいえば地味な公園である。
ここはかつて明治から昭和の近代日本を代表する財政家、高橋是清の邸宅跡である。第4代内閣総理大臣としてよりも、大蔵大臣としての評価が高く、またアメリカでの奴隷体験、芸者の付き人、教師、相場師、銀山の経営、そして日本国家の財政と国を導く指導者として、波乱万丈生涯を送った人物である。今日でも不況が訪れるたびに、高橋是清の名が登場し、彼の経済再生の手腕が取りたざされる。
 
さて、この公園であるが、東京オリンピック2020に合わせて整備が進められ、少しくつろぎやすくなった。以前はなんとなく薄暗く、ここで起きた昭和の2.26事件(昭和11年に起きた日本のクーデター未遂事件、高橋是清はこの時に子の自邸で死亡)と重なり、どんよりとしたイメージが漂う感じがあった。今回の整備は何をどう変えたかわからないが、前よりすっきり感がでて居心地がいい。自宅の庭を公園にしてあるので、あまり敷地は広くない。公園の中央は池や石灯籠、石橋があり、趣のある日本庭園がつくられている。
それから、この公園の奥の小高い位置には、椅子に座った是清翁像がひっそりと据えられている。その表情は激動の時代から平和な今日の移り変わりを感慨深く見届けており、また現代日本の姿に何かを語ろうとしているようにも観える。またダルマ総裁とよばれ庶民からも親しまれてたそうだが、その表情には優しさと厳しさがあり、ほんのりと人間味豊かな人柄が窺える。
 
公園をぐるりと回ると、不思議な石像がいくつかある。これは古く朝鮮半島の王族の墓の守り神として祀られていた文官石とよばれたものらしい。戦前、庭園の置石として需要があり、朝鮮から大量に輸入されたと言われている。是清もこの学者、高官風の石像を好んで置いたのだろう。これを観て是清は何を感じ、何を考えていたのか、そんなことに思いを馳せてしまう。
 
公園内には大きな樹々に囲まれており、ベンチで一息、ちょっとした憩いの場である。
都会の歴史と静寂さを感じとれる心地よいスポットだ。 
 
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 都心の憩いの場、公園は青山通りの迎賓館の反対側、カナダ大使館の隣に位置する。
 
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 高橋是清翁像
 
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 公園内に幾つか配置されている石像、儒教の世界を感じる。

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「バカの壁」養老孟司さんの脳化社会の話を聞いて [哲学 思想 名言]

スマホのユーチューブで養老孟司さんの講演を観ていたら興味深い話をされていた。
養老先生といえば著書「バカの壁」で有名な方であるが、いまも書店の店頭に先生の著書がズラリ並んでいる。
かつての専門は解剖学者だったそうだが、脳の研究をはじめ、いまではその観点から社会問題についていろいろ提言をされている。特に現代人の「脳化社会」あるいは「都市脳」がもたらす弊害をリアルに批評し、「自然」の大切さを説いている。
 
今回の動画もそうした人間社会における問題提起であったが、特に印象深かったことに「空地(あきち)」について語られたことだ。空地とは、使ってない土地のことで、例えば雑木林などは、いまの社会では空地のひとつ。空いている土地は無駄であり、開発して建物や駐車場にした方が有効利用だというのが現代人の考え方。しかし、よく観れば、そこには鳥や虫などが生息しており、自然の豊かさが存在している。この脳化社会では、その自然は意味ないものととらえられ、当然のように自然破壊が進められていくのだという。
たしかに昭和の中頃まで、街の何もないただの空き地は、子供たちの貴重な遊び場であったが、いつぞやか、そうした空地にはすべてフェンスが張られ、子供たちの姿もめっきり観ることがなくなった。考えてみれば、子供たちが触れ合える身近な自然や空地は、みな大人たちの所有物になり、子供たちは塾やスイミングスクールなど人工的な環境に閉じ込められてしまった。まさに都市化、脳化社会の犠牲者である。
 
これは子供だけでなく、大人でも脳化社会にどっぷり浸かった人間が大半を占めている傾向がある。一見、分別のありそうな人に観えても、物事が思い通りにいかないと怒りをぶちまける人がいる。ああすれば、こうなる。これが都市脳の考え方で、いまの現代人の多くはこれに染まっているという。しかし、自然はそうならない。たいていは裏切られる。昔の人はそれを仕方がないと悟ったようだが、今の人はそれが許せない脳になっており、それがイライラや怒り、ノイローゼなどにつながるそうだ。自分も含めてそういう人が多いのは事実だ。
 
現在の資本主義の世界は、すべて価値観で測られており、その尺度で判断される。そうした思考が支配する社会には、人間味溢れる大らかさがない。特に最も上手くいかないのは「人間関係」。それは、「自然」である「人」と「人」の組み合わせ、だから上手くいかないのは当然であるという。
 
なるほど、と思わず頷いてしまったが、脳化社会における養老先生の話を聞き、その奥深さを感じるのであった。

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