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決まらない政治と民主主義のあり方 [政治・政局]

  民主主義はどうもめんどくさい。物事、賛成あれば、反対もある。当然、異なる両方の意見を同時に満たすこと難しい。だから、双方の意見を取り入れ、足して2で割る方法が多く取られる。だが、この方法は妥協の産物であり、気分的に不完全燃焼さが残る。

  いま日本の政治で燻っているのは、まさにこうした問題ばかり。原発、TPP、沖縄米軍基地問題など、利害関係が複雑に絡み合い、政治はその妥協点を探ることに終始している。結局、当初案から10歩、20歩も後退し、結果はいつも骨抜き状態。それでも少しは進展が見られるものの、期待した側からすれば全然やってないに等しい。

  民主主義は理想であるけど、実に厄介である。多様な人々の異なる意見を尊重するという民主主義のシステムによって、理想的と思われる案も、大抵ことごとく押しつぶされてしまう。数年前に歯切れの良い政治公約を掲げ、政権交代を果たした民主党もこのシステムでガタガタに破壊された。こうしてみると、どの政党が政権運営をしても結果的には似たようなところで落ち着く仕組みが担保されているように思える。だから、日本では急激な政治変化はなく、低調なところで安定できているのではないか。

  しかしながら、ほとんどの日本人はこうした現状に諦めつつも、イライラ感が溜まってきている。そうした中、登場したのが橋下大阪市長率いる維新の会だ。いまの勢いからすれば、民主、自民の次の第3局的な位置を示すこともありえる。代表を務める橋下さんは、大阪府長の時も民主主義ギリギリの手法で、多くの既得権益に風穴を開けてきた。独裁的なイメージも漂うが、今日の決まらない政治の中では、彼の政治手法は極めて痛快さを感じる。このすっきり感が民衆の大きな支持を得ているのだろう。

  だが、国会はこれまでの地方行政とは意思決定の次元が遥かに違う。日本全体の総意だけでなく、アジアや世界全体の総意も入れ、その中で国民ひとりひとりを満足させる政治を行っていかなければならない。もしも、政権を担う側になった時、果たして、今のような歯切れの良いことばかり言っていられるか。民主党の二の舞だって十分あり得る。

  成熟した民主主義の中で、大勢の総意を入れれば、結果として決まらない政治にならざるを得ない。この面倒な民主主義システムを如何に操縦できるか、それにかかっている。そう考えると、非常に重い気分になる。

  そもそも、民主主義のあり方にも根源的な問題があるのかもしれない。大きな改革は不可能にしても、とにかく、一歩づつでも進展の見込める政治に期待するしかないのではないか。地味な政治が一番の推進力を持っているのかもしれない。


タグ:民主主義
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