SSブログ

「友人」と「友達」どう違うか。 [社会・生活]

かれこれコロナ禍も2年が経過。その中、人とのふれあいが極端に少なくなった。友達から連絡がなく、自分からも連絡を取らないのは良くないが、そんな希薄な関係になっているのは寂しい限りだ。

そうなると自分にとっての友達は何人いるのか。実は本当の友達といえる人はひとりもいないのでは、と悲観的な思いが頭によぎる

でも、そんなことはない。誰かいるはずだ。具体的に友人の顔を思う浮かべようとすると、思い浮かぶのは不思議に昔の仲間、学生時代を共にした仲間だ。仕事で毎日のように顔を合わしている職場の同僚や飲み仲間は友達かといえば、ちょっと一線を引くものがある。「友達」というよりも、「友人」というカテゴリーに入ってくる。  

それでは、「友達」と「友人」はどう違うのか。普段、あまり考えたこともないが辞書で調べてみると、「友達」は、お互いに対等の関係で言いたいことを言って付き合える親しい人のことで、「友人」とは適度な距離を保ちつつ、お互い気兼ねなく付き合える他人のことを言うそうだ。まさに自分の中で、無意識に思っていたとおりの関係である。  

そう考えると、社会にかかわっている中では親しい他人は大勢いるかもしれないが、友達として本音で話せる人はそうそういるものではない。そもそも、大人になってから自分の裏表を隠さず、本音で話したことはあるだろうか。会社で仲の良い同僚でも、どこか壁をつくって接している。また、相手も同様であろう。子供の頃と違って、やはり損得計算する能力が長けた分、どこか人を色目で観てしまうのは仕方がない。それでは本音での付き合いはできないだろう。 

でも友達でなくて、「友人」でも十分ではないだろうか。ちょっとでも信頼がおける人がいれば、どこかほっと心がやすらぐ。強いて言えば、「友達」か、「友人」かというのはどうでも良く、大切なことは少しでも心や気持ちを通わせる人がいること、たとえ一人でもいてくれればありがたい。

それには自分自身が、心を通わす努力が必要で、相手の心を大事にすることだ。結局、「友」とは相手に求めるものではなく、自分が相手に共感をもたらすことで、お互いの心が響き合い、それが友の輪を広げる道なるだろう。雨降る庭を観ながら、そんなことを考えたりした。 


タグ:友人 友達
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:blog

今年はキンカンが鈴なり。 [家庭菜園・農業]

我が家のキンカンが鈴なりである。
この数年、黄色く色づく時期もまちまちで、実の付き方もよくなかった。
今年はどういうわけか、この10年くらい観たことのない出来栄えだ。
 
DSC_0672.jpg
 
このキンカン、いつもシロップを混ぜてジャムを作るが、生で食べても甘くておいしい。
ただおいしいだけでなく、健康面でもいくつか効能がある。
よく言われているのが、風邪で病んだ喉に効き、粘膜を強くするという。
もしかしたら、今回のコロナのオミクロン株の予防にもつながるかもしれない。
そのほか、豊富なビタミンCは肌の組織をつくるコラーゲンを作る際のサポートになり、特に冬の肌のパサつきや美容など面でも効果が期待できるそうだ。
そのほか、キンカンの皮に含まれるヘスペリジンという成分が、血行促進や悪玉コレストロールの抑制などの働きがあり、まるで薬のような果実である。
あと1、2週間で収穫の時期で楽しみであるが、ムクドリとメジロが毎日来て大きい実を食べているのが気がかり。早めに収穫するか、迷っているところだ。

タグ:キンカン
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:blog

いまの武漢型ワクチンでオミクロン株の効果があるのか? [医療・厚生・食品]

コロナウイルス、オミクロン株の感染が爆発的に広がっている。
デルタと比べて重症化率は低いというが、これだけ感染者が多いと医療のひっ迫は避けられない。
しかし、これまで打ったワクチンの抗体は効いているのだろうか。
最初は少なくとも半年程度は抗体が効くという話であったが、だんだん怪しくなってきた。
感染者のデータを観ると首を傾げたくなる。
結局、毎回ピークが訪れる度に、ワクチン接種が必要になるのか。
しかし、インターネットで巷の情報を観ると3回目の副反応は2回目より重いという声が多い。
また、副反応でひどい後遺症に悩まされる人の訴えも目にする。
そういうのを観ると、ワクチンに対する懸念、問題意識も大きくなってきて、何が何でも打たなければという気持ちにはなれない人も多くなってくるだろう。
そうした中で気になるのが、だいぶ前だが、ファイザーもモデルナのワクチンはデルタにはやや効くが、新種のオミクロンには効果が低く、これから新しいワクチンを改良するに数か月かかるとのニュースがあったのを覚えている。いま日本で3回目のブースター接種するワクチンは、当然オミクロンには対応していない古いもの、武漢タイプのものだろう。そうした場合、それを打ってどのくらいの効果、意味があるのか。むしろ、副反応のほうが心配だ。また、3回も打って副作用はないのか。
国は強引に3回目接種を急いでいるが、本当のところ、きちっとした評価の上で進めているのか疑問が残る。
いまは科学よりも、政治や経済の主張でことが決まっているようで、何か恐ろしさを感じてしまう。
3回目は少し考えてからにしよう。

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:blog

通勤電車で新聞を読む光景が珍しくなった [社会・生活]

 昨日、通勤電車内で周囲を眺めていると自分の斜め
前で新聞を読んでいる人がいた。数年前までは、多くのサラリーマンの当たり前の光景であったが、いまは違和感を感じるほど珍しい。
  
また、その人の風貌が、令和、平成をワープして、まさに昭和の人。年齢は50半ば、髪の毛ボサボサ、黒縁の眼鏡、新聞の見開きもバサバサと折り曲げ、隣に座っている若い女性もやや迷惑がっている。普通のサラリーマンのようだが、このダサさは何だろう。周囲はみんなスマホ画面を黙々とみており、彼のそうした姿、しぐさが際立っている。
  
でも、スマホを淡々と観ている彼らより、この一風ダサい彼のほうが人間味と言おうか、ほっとする何がある。
  
 時代はアナログからデジタルへあっという間に変わってしまった。人の感性も同じように大きく変化しているのだろう。自分も古い世代の感覚が抜けず、いま流行っている歌や音楽やテレビドラマ、お笑いのネタなど、どうも馴染めない。彼のような昭和くさい人に会うとなぜか気持ちが和む。
  
昔はこのダサさが嫌で、スマートさを求めていたが、だんだん洗練された世の中になると、自分が時代に取り残されてるという危機感の方が大きくなる。そんな思いに駆られる人も、結構多いのではないだろうか。
  
しかし、視点を変えれば、あのダサいと思っていた昭和の時代が、実は魅力的で良き時代だったと、あらためて再認識し、それを大切に思う心が生じたように思う。
だから、朝の些細な場面が自分の心にちょっと嬉しい出来事に感じたのだろう。まあ、自分と同類を観ているような感じでもあった。

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

コロナウイルスは、なぜ人間をターゲットにするのか。 [医療・厚生・食品]

コロナウイルスは、なぜ人間を狙うのか。
ウイルスは人間にとってすべて敵なのか。
生物学の本を読むと、実はそうでもないようだ。
この地球上には数えきれないほどの種類、数のウイルスが存在する。
だが、ウイルスとはといえば、我々は認識が低くコロナとインフルエンザ程度しか思いつかず、それ以外は考えもしないのが普通である。また、それ以上深く考えていない人もいないだろう。
だが、実際は、自分の身の回りには、無限に近い数のウイルスが存在し、常に呼吸で体内に吸い込んでいるが、通常、悪さをしていない。ということは、人はそれらのウイルスに対して免疫、あるいは共生しているようなのだ。
深い専門的なことはわからないが、いろいろ読んでみると、生命誕生とウイルスとのかかわりは、はるか数十億年以上、葛藤を繰り返しながら共存関係ができており、ある意味、バランスの取れた世界になっているようだ。この共存とは、すでに人体の中に住み着みついており、人間にとっても欠かせない居住者ともいわれている。
いわゆる腸内細菌やミトコンドリアのような人間と細菌の共存関係がウイルスの世界にもあるらしい。
そうした中、不思議なのは、コロナウイルスという1種類のウイルスだけが、驚異的な感染力、毒性で人間だけをターゲットにしている。例えば犬や猫、鳥や昆虫など、他の生物は感染のターゲット外にあるのは不思議な気がする。地球上のあらゆる生物に対して、死滅させようとしているわけではない。
あくまでも人間がターゲットである。
このように思うのは、近年の地球上での人間のふるまいに度が過ぎている感じがあるからだ。
 
自分たちの富を求めるがゆえに、地球上の資源を食い散らしているだけでなく、自然破壊や環境汚染など、負の側面は大きいい。全生命が共存している地球にとって、人間は好ましい存在でなくなってきている。
もし、神様が存在するならば、何か天罰があってもおかしくないレベルに来ているような気がする。
だから、ここ数年の異常気象や自然災害はそんな人間の振る舞いへの警鐘でもあり、今回のコロナ感染もそれに関連した危機へのサインのように思えてならない。
 
そうした視点で観ると、コロナウイルスの本当の防御対策は、ワクチンや消毒だけでなく、地球上のほかの生命がよりよく共存できような環境づくり、これまでの人間社会や生活の見直しの中に、重要な課題があるのではないだろうか。人類が謙虚に生きることが最大の対策なのかもしれない。

nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:blog

オミクロン感染、密な通勤電車のクラスター対策が重要では。 [医療・厚生・食品]

いよいよ恐れていたコロナ感染第6波が現実のものになってきた。年末まで日本人は衛生に対する生活習慣やマスクの徹底、ワクチン接種率の高さなど、ヨーロッパや他国とは違い、大きな感染にならないのではなど、やや楽観的な声もあったが、このオミクロン株はその期待を吹き飛ばしそうな勢いだ。
特に、空気感染の強さが指摘されているので、もっとも密になる通勤電車が恐怖の場である。
いまは寒さのため、窓をほとんど開放していない。また、不思議なのが誰も車内の窓を開けようとしないことだ。
なぜだろう。ほとんどの人は黙ってスマホばかり観ているけど、心配はないか。
それとも、開けることに気が引けてじっとしているのか。
今朝も、私が窓を開けようとすると、幾人かの人たちの非難の視線でこちらをちらりと見る。
あまり、感謝される視線はなさそうだ。
しかし、いまは自分の命のほうが大事だ。外気温は0度近く冷えているが10cmほど開けて、風が入ってくる位置で40分たったままで頑張った。とにかく、私にとって毎日の通勤にはコロナとの闘いである。
政府は感染対策も飲食店を対象にした会食ばかりにこだわっているが、電車の換気も対策事項に入れてほしい。それならば、経済に関係なく、みんなが寒さに我慢すればよいだけなのだから。
それだけでも、大きな効果があるのではなかろうか。

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感