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メタバーズの幕開け、どのような時代が訪れるのか。 [教育・科学・技術]

メタバーズ。
いよいよ、その時代の幕開けなのか。
東京大学でメタバーズ工学部が開校するという。国を挙げて取り組む時が来たようだ。
 
これまでベンチャー企業やゲーム会社などがこの技術を先行して磨いていたが、欧米や中国などの本気度と比べると、その力の入れようは大きく見劣りがする。今後、世界をリードしていくにはこの技術を制することが、もはや必至といえるかもしれない。
  
そんなメタバーズはどのくらいの変革をもたらすのだろうか。この30年インターネットの出現で世の中は大きく変わったが、おそらく、その比ではないだろう。何しろ、現実とは全く違う、仮想の世界に人々を連れて行ってしまうのだ。想像を絶するくらい大きな変革があって当然。いまのところ経済面でのメリット(明るい未来)が叫ばれているが、はたしてどうなのか。
 
いま実験的にいろいろなことが行われ始めている。例えば大学の授業も、アバターで仮想空間の教室に出席して、そこでアバターの教師や友人たちと触れ合う。そこには自分がいるが、「私」でなく、自分である「彼」である。
その彼は、自分の意志で、授業を受けるがやはり偽物の自分だ。そして姿や形はいくらでも化けられる。ここには本当の世界はない。でも、大学の「学びの空間」として真実の世界になるのだ。これを世間を全く知らない若い世代がどっぷり浸るのだから、ちょっと恐ろしくなる。
 
また、いまは特定のメンバーで構成された安全な仮想環境であるが、やがてコンピュータウイルスのような悪質なものが挿入されてくるのも時間の問題。その時に、どのような混乱が起きるか。また、コンピュータの世界なので、自分をいくらでもリセットできる。リセットできる人生は望まれるところもあるが、それがいとも簡単にできと勘違いすれば、現実の世界で取り返しのつかないことが起きることも予想される。そんな大きなデメリットを孕んでいるのがメタバーズではなかろうか。
 
とにかく、同時に現実と仮想の相容れない2つの世界に自分が属するということは、とてつもない混乱が生じるのは必然である。基本的には「人のいのち」という概念がぐらついてくる。つまり血のある現実の「いのち」とデジタルで想像された「いのち」。我々の一番大事にしている「いのち」が、ただの商品のように軽く扱われる危険性が大いにありうる。その時、人間とは何かという大きな問題に突き当たるだろう。
いずれにしても、とんでもない時代がくるような予感がする。

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