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通勤電車で新聞を読む光景が珍しくなった [社会・生活]

 昨日、通勤電車内で周囲を眺めていると自分の斜め
前で新聞を読んでいる人がいた。数年前までは、多くのサラリーマンの当たり前の光景であったが、いまは違和感を感じるほど珍しい。
  
また、その人の風貌が、令和、平成をワープして、まさに昭和の人。年齢は50半ば、髪の毛ボサボサ、黒縁の眼鏡、新聞の見開きもバサバサと折り曲げ、隣に座っている若い女性もやや迷惑がっている。普通のサラリーマンのようだが、このダサさは何だろう。周囲はみんなスマホ画面を黙々とみており、彼のそうした姿、しぐさが際立っている。
  
でも、スマホを淡々と観ている彼らより、この一風ダサい彼のほうが人間味と言おうか、ほっとする何がある。
  
 時代はアナログからデジタルへあっという間に変わってしまった。人の感性も同じように大きく変化しているのだろう。自分も古い世代の感覚が抜けず、いま流行っている歌や音楽やテレビドラマ、お笑いのネタなど、どうも馴染めない。彼のような昭和くさい人に会うとなぜか気持ちが和む。
  
昔はこのダサさが嫌で、スマートさを求めていたが、だんだん洗練された世の中になると、自分が時代に取り残されてるという危機感の方が大きくなる。そんな思いに駆られる人も、結構多いのではないだろうか。
  
しかし、視点を変えれば、あのダサいと思っていた昭和の時代が、実は魅力的で良き時代だったと、あらためて再認識し、それを大切に思う心が生じたように思う。
だから、朝の些細な場面が自分の心にちょっと嬉しい出来事に感じたのだろう。まあ、自分と同類を観ているような感じでもあった。

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